SAPPORO もいわ山公式サイト もーりす通信

もいわ山エッセイ

2013年1月号


焼きミカン。そういえばミカンの汁であぶり出しもやったな!
 最近のお正月はどこかが違う!
 いやいやすっかり違う!
 こんなことをいう人は間違いなくルーツが昭和です。まるでAlways三丁目の夕日を地で生きてきた世代がピークですが、もちろん昭和40年代生まれも熱く語れる「いにしえの正月の風景」。
 親類一族が本家に集まり、お父さんたちは昼間から酒を酌み交わし、お母さんたちは台所に集まっておせちや正月料理をこしらえる!というより、ここぞとばかりに話に夢中で笑い声ばかり。子どもたちはというと久しぶりに会ったいとこたちととにかく遊ぶ。
 お正月はミカンがつきものでしたが、木箱で買ってた!というお家もさぞかし多かったのでは。石炭ストーブにミカンをのせて焼くとこれが香ばしい。大晦日は餅つきに、テレビに、双六やら…。お父さんたちは昼間からの酒で、顔がお猿のように真っ赤!このいにしえの正月の風景は多分昭和40年代まででしょうね。
 昭和50年代ともなるとライフスタイルも様変わりをし始めて、お正月は本家に集まる!という慣例も徐々に薄れ、核家族化や少子化も追い風となり家族旅行で温泉に行ったり、自宅で我が家の正月スタイルを楽しむという風景になりましたね。
 昭和60年代ともなると正月はハワイ!外国!と益々派手になり、本家はおいておいても実家のおじいちゃんとおばあちゃんは寂しくなり始めたのもこの頃です。本当はお年玉は手渡しが譲れないところでしたがこの頃になると、書留で送ったりしてましたね…。平成の今、まさか振り込みはないよねぇ。
 平成のお正月はどうでしょう。
 1月1日からお店は開いているし、暮らしぶりもいつもと変わらない。テレビはお笑いばかりで、おせちよりは子どもたちの好きな外食!今でもお正月はおせち!という家庭でもお母さんが夜なべして作った昭和と違い(いまだに作っているお母さんごめんなさい!)、楽できるデパ地下のおせちでちゃんちゃん。
 いつだったか友人にこぼしてました。「昔はさぁ。お正月と言えば豪華なおせちだったよね。それでさ嫁さんにいったんだよ。たまにはおせちもいいんじゃない。ってつい軽い気持ちでさ。これが地雷だったね!」
 地雷のプロローグはマシンガン。「何いってんの!おせち作るのなんか大変なんだから!デパートで買うと高いし!それになんなの!おせちあったって食べないでしょ!なます食べるの!黒豆食べるの!昆布巻き食べるの!どうせあったって食べないくせに!」。
 それで最後は「あーめんどくさい。やる気失せた!今日はカップ麺ね!生協行って買ってきて!」という地雷がエピローグだったらしい。
 「生協って1日から開いてるんだよね、知らなかったよ。だから行ってきた。ついでに機嫌取るのにケーキも買ってきた。」
 最近お正月を絵に描いたような笑えるような、笑えない、一コマです。

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